大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

名古屋高等裁判所金沢支部 昭和31年(ラ)40号 決定

抗告人 中野みどり(仮名)

相手方 木下正男(仮名)

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

抗告人は「原審判を取消す、本件を原審へ差戻す」との裁判を求め、その理由は、原審は抗告人が先になされた離婚の調停において医療費の請求を放棄したことを本件財産分与請求権を放棄したものであると解し、本件申立を却下したのであるが、右は失当であるから本件抗告に及んだのである、と言うのである。

よつて考えてみるに、本件記録によれば、抗告人は相手方と昭和二十三年四月○○○日婚姻したのであるが、昭和二十九年一月○○日金沢家庭裁判所輪島支部に対し「申立人と相手方は離婚する、相手方は申立人に対し慰藉料として金三十万円、昭和二十七年四月より昭和二十八年七月三十日までに要した医療費として金五万円を支払うこと」との調停を求めたところ、昭和二十九年二月○○日同裁判所の調停委員会において「一、申立人と相手方は本日調停に於て離婚する。二、相手方は長女和子の親権者として和子を引取り養育する。三、申立人はその余の請求を放棄する。四、本件調停費用は各自弁のこと」という条項で調停が成立したことが認められる。

そこで、抗告人の放棄した請求に財産分与の請求が含まれるかどうかが問題になるのである。

右調停条項第三項はその措辞が簡略であつて、充分その意をつくしていない嫌いがある。

なるほど、離婚の場合における慰藉料請求権と財産分与請求権とはその本質を異にしているから、その一方を放棄して他方を請求することはなんら妨げないところではあるが、両請求権は互に密接な関係にあり財産分与の額及び方法を定めるには一切の事情を考慮することを要するのであるから、その事情のなかには慰籍料支払義務の発生原因たる事情も当然に斟酌されるべきものであることは言うまでもなく、従つて財産分与請求権は一面において慰藉料請求権的性格をも内包していることは否定しがたいところである。さればこそ、離婚の調停申立に際し当事者は右両請求権の性質を厳密に区別しないで、慰藉料請求のうちに財産分与請求をも包含させている事例の多いことは当裁判所に顕著なところである。

ところで、本件にあつては、抗告人は離婚の調停申立に際し、財産分与請求の性質を有する医療費の支払をも求めているのであるから、この点からみても、抗告人は慰藉料請求とともに財産分与請求をもなしたものと言うべく、そして相手方木下正男審問の結果(第二回)、証人坂上俊一の証言によれば、抗告人は離婚調停が成立した際今后一切の金銭上の請求をしないことになつたことが認められるから、抗告人は右調停が成立した際離婚に基く慰藉料、財産分与その他一切の金銭的請求を放棄したものと言わなければならない。

前記調停条項第三項はまさに右趣旨を表明しているものと解すべきものである。

そうすると、抗告人は右調停成立の当時すでに財産分与請求権を放棄したのであるから、その後になつて更に財産分与の請求をなすことができないことは明らかである。

以上の次第で、本件申立を却下した原審判は相当であり、本件抗告は理由がないから之を棄却することとし、主文の通り決定する。

(裁判長判事 石谷三郎 判事 岩崎善四郎 判事 山田正武)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例